小さな我儘

written by 那智 様

「これ、今大学で流行ってるんですよ!」
 そう言ってユイがくれたのは、可愛らしいアーティフィシャルフラワーの小鉢。
 片手に収まるぐらいのそれには上品なリボンがあしらわれていて、話によると、そこに指輪を通してプレゼントするのだとか。
「好きな人に渡して受け取って貰えたら、その二人はずっと幸せになれるって噂なんです!……社長、シモン教授にあげてみたらどうです?」
 ニヤニヤとこちらの反応を楽しむユイに、もうっと軽く小突いてみるものの、白や紫に彩られた花自体はとても綺麗だ。
 確かに、もうすぐシモンの誕生日。
 きっと指輪は付けないだろうから、何か別の物を選んで一緒にプレゼントするのもいいかもしれない。
「ユイ、ありがとう。有り難くもらっておくね」
「ぜひぜひ。シモン教授きっと喜びますよ!あ、社長。その時の様子、後で教えてくださいね」
「え……なんで?」
「いいからいいから。幸せのお裾分けと思って」
 変な念押しに首を傾げながらも、早速帰りにプレゼントを探しに行こうと、私はそっと紙袋に小鉢をしまったのだった。

 悩みに悩んで、結局選んだのはネクタイピン。ありきたりでどうしようと思ったけれど、ほかの物を考えても、シモンは全ていい物を持っている。
 もちろん、彼はネクタイピンも沢山持ってるけど、これは私のちょっとした我儘。
 抱き締められた時と同じ場所だから。
 そこにこれを付けてくれたら、ずっと抱き締めて貰ってる気持ちになれそうだから。
 そんな我儘をそっとしまい込んで、ユイから貰った小鉢のリボンにネクタイピンを添える。
 シモンと一緒に居られるだけで十分幸せだけど、ちょっとだけこんな気持ち、密かに思っててもいいよね?

「シモン、お誕生日おめでとう!」
 出会ってから、二度目の誕生日。彼の部屋でお祝いするのも二度目。
「ありがとう。今年のケーキは完璧だね」
「それは言わないで」
 去年、落としてしまったケーキを思い出し、お互いクスクスと笑いながらシャンパンの入ったグラスをそっと鳴らした。
「料理も美味しそうだ。随分頑張ってくれたんだね」
「シモンにいっぱい食べて欲しくて。今日空けてくれるのに無理させちゃったでしょ?」
「そんな事ないよ、大丈夫」
 大きな手がそっと髪を撫で、軽く引き寄せられたかと思うと、おでこにキスが落とされる。
「キミが傍に居てくれるだけで幸せだから」
「それだけ?それは安上がりすぎじゃない?」
「そう?僕からすれば、けっこう難題なんだけどな」
「そうかな?私はずっと傍に居るけど……あ、そうだ!これ……」
 受け取って貰えたら幸せになれる。
 そんな噂の例のものを、シモンに差し出した。彼が拒むとは思えないけど、万が一が脳を過って妙にドキドキする。
「こうやって祝ってくれるだけで十分なのに。ありがとう」
 シモンが紙袋からラッピングしたそれを取り出す。
 と、花を見た途端一瞬驚いた顔をし、次に数秒考えた後フッと短く笑って……いや、笑いを堪えてると言った方が正しいかも知れない。とにかく肩を小刻みに震わせ始めた。
「え、……シモン?何かおかしい、かな?」
 彼の物珍しい百面相を目の当たりにし、落ち着いていられる訳が無い。
「いや、おかしく、ないよ。とても綺麗だ、ありがとう。大切にするよ」
「ちょっと待って、まだ笑ってる。ねぇ、何が可笑しいの?教えてってば」
 肩を揺らし、笑いを堪える彼に釣られ、私も半分笑いながら彼の袖を引っ張る。
 そんな私を急に愛おしそうな目で見詰めると、ふいに唇を奪うものだから心臓が跳ね上がるのだけれど、そんな暇もなく彼は私を抱き締めて何度もキスを落とした。
「ね、……ん、シモ、ン……」
「僕が大学の教授なのは知ってるよね?」
 何を今更言うのだろう。こくりと小さく頷くと、彼は先を続けた。
「最近、生徒達の間で流行ってる噂話を聞いたよ」
「あ……」
 じゃあ、シモンはこのジンクスを知って……
「好きな人に送るアーティフィシャルフラワー。意味は私を抱いてください」
「…………え!?」
「やっぱり……」
 驚いて、抱き締められていた彼の体を突っぱねる。
「ち、違うよ!そのリボンには本当は指輪を付けて贈るの。で、受け取って貰えたら幸せになれるって……」
「そう誰に教えて貰ったの?」
「ユイに……」
『その時の教授の様子、教えてくださいね』
「あ……」
 あの時言ったユイの言葉が今になってピンと来た。
 シモンはプレゼントのラッピングを解き、一つ大きめの花を取り出す。
「見てごらん」
 シモンが少し揉み解すと、それはゆるゆると形を変え、目の前に現れたのは女性ものの下着だった。
「!!」
 しかも絶対履かないような、布面積が申し訳無い程度の際どいもの……。
「ユイーーー!!」
 ピースサインでニカッと笑う彼女が目に浮かび、思わず拳を握り締めた。
「まあ、これはこれでキミが試してくれるなら、僕は有り難く頂戴するけど」
 こんな下着を目の前にしても余裕なシモンに対し、私は見るのも耐えきれなくて彼の手からそれをさっと奪い背後に隠した。
「無理!ここ、こんなの恥ずかしくて履けないよ……って、そうじゃなくて、私知らなかったの。こんなプレゼントしちゃって、どうしよう……」
「真っ赤な顔のキミも、僕にはご褒美だから気にする事ないよ。それに、キミからの本当のプレゼントはこっちだよね?」
 シモンはリボンに括ってあるネクタイピンを取り出し見せる。
「全部分かってたの?」
「そうだね。最初は随分大胆なプレゼントだなって思ったけど、これに気付いて全部分かった」
 さすがと言うべきか、そうならもっと早く教えて欲しかったと言うべきか。
「だから、おいで」
「え、シモン、そういう意味じゃないって……」
 彼は両手をそっと広げ私を包み込む。
「花は違うけど、ネクタイピンの意味はこれだよね?」
 シモンの腕の中。心の近く。
 そこが私だけの場所であって欲しいと願う、小さな我儘。
「ほんとに……全部、分かってたんだ……」
「ふふ、キミの願いは何だって叶えてあげたいんだ」
 敵わない。
 こんなに毎日好きと思ってるのに、それでも足りない。一日一日どんどん好きになる。ううん、好きにさせられる。
「シモン、大好き……!」
 私が彼にしてあげられる事はなんだろう?
 大切な人の幸せを願いながら、ここに彼が居る事に心から感謝した。

ここに出てくるジンクスは私の勝手な設定です。シモンの誕生日が皆様に愛される日になりますように…