永遠に続く祝福を
シモンとお誕生日を過ごしましょう!なお、デートメープルの話題がありますがそんなに内容には触れておりませんので大丈夫かと思います。
誕生日。
それは楽しい思い出の詰まった一年に一度の特別な日。
パパからの誕生日プレゼント、美味しいケーキ。
そんな思い出を話してシモンは子供の頃どんな誕生日を過ごしたのと聞くと、彼は曖昧な笑みを浮かべる。
そしてさらりと私に質問をして話題をすり替える。
彼はそこに触れられたくない、いや、触れる物が無い、そう感じて胸が締め付けられた。
そろそろ彼の誕生日、番組の打ち合わせを終え二人で帰り、部屋のドアの前でお別れを言った後わざと思い出したように切り出した。
誕生日だということを言わずただその日の予定をシモンに聞くと彼は難しそうな顔をして『確か学会で出張だったかな』と思い返すように言われてしまい私は肩を落とす。
頭上からクスリ、と軽い笑い声がして見上げれば、
「嘘だよ。その日はちょうど休みなんだ」
と悪戯な笑みを向けられた。
私の思惑なんて彼が気づかないわけが無い。私は諦めて、
「その日、シモンの誕生日でしょう?その日は一日私にくれないかな?」
「良いよ。でも一日だけで良いの?」
その言葉に首をかしげると彼は、
「きっと盛り上がって君は帰れなくなると思ったのに」
と口の端を上げる。
途端に意味がわかって自分の顔が熱を帯びた。
「シモンのエッチ!」
「おや?単に君が色々お祝いに頑張りすぎて疲れて寝てしまうことを心配していたんだけど。よく僕の家でうたた寝してしまうのは誰かな?」
シモンの家が居心地良いんだもの!という言葉を飲み込み、とにかくその日は開けておいてね!と言い放って自宅に急いで入った。
きっとドアの外で彼は笑っているだろう。そう思うと悔しいやら恥ずかしいやら、そして嬉しい気持ちがわき上がって、誕生日のお祝い成功を願って握りこぶしを上げた。
誕生日当日はシモンの部屋に行くことにしてある。
ここのところ忙しいのはわかっていたので朝はちゃんと寝て欲しいし身体を休めて欲しいから夕方頃に行くねと伝えると、『誕生日だというのにそんなに長い時間僕は一人にされるのかな』という言葉が返ってきて、確かに一日空けておいてと言ったくせにそれはおかしいなと朝の10時に行くことにした。
「どうぞ」
10時きっかりにドアのベルを鳴らせば、彼は笑顔で出迎えてくれた。
真新しい白いシャツのボタンがいつもより多めに開けられていて、鎖骨がくっきり目線に入ってきて思わず目をそらす。
中に促され彼の横を通ると、シャンプーかボディーソープかわからないが爽やかな香りがして何故か恥ずかしい。
向こうに彼の仕事部屋があってそのドアが少し開いている。
思わず中をのぞき見れば、沢山の本と資料が大きな机一杯に広げられ、デスクのライトはついたまま。
これは完全に朝方まで仕事をして私に来る時間に会わせてシャワーを浴びたに違いない。
「何か推理しきったような顔をしているね」
仕事部屋のドアが閉められ、上かした声に顔を上げるとシモンは困ったような顔だ。
「そんなに怒らないで」
「怒ってないよ。シモンが忙しいのはわかっていたから。多分無理して今日の時間を空けたんでしょ?」
呆れ気味に言ってしまうと、シモンはより困ったように私を見る。
「どうしたら機嫌を直してくれる?」
「朝ご飯は?」
「君がランチを作ってくれると思って楽しみにしていたんだ」
話しをすり替えられ、ようは食べてないことを知る。
「早いけど急いで軽いランチ作るからそれまでシモンはお昼寝してて!」
「お昼寝ってまだ10時だけど」
「へりくつ言わない!夜まで起きてて貰わないといけないんだから少しは仮眠して!」
私が怒り気味に言うと、彼は笑いながら、わかりましたと部屋の隅にある大きなソファーにごろんと横たわった。何もかけずに寝ようとしたので慌てて私用に用意されているブランケットをかければ、彼は目を瞑っているのに口の端が軽く上がっていたので本気で寝る気は無いかもしれないと諦め気味にその場を離れた。
チーズのたっぷり入ったカルボナーラ、色とりどりのサラダにフルーツ。
コーヒーを用意して彼ソファーまでを起こしに行けば予想外に彼はしっかりと寝ているようで思わずじっくりとシモンの顔を眺めてしまう。
『綺麗な顔だなっていつも思っていたけど、まつげも長いし本当にシモンの顔って整ってるなぁ』
「・・・・・・いつまで目を瞑っていれば良い?」
「起きてるなら起きて!」
彼は軽く笑って上半身を起こす。
少し気怠げな感じが妖艶さを醸し出して妙に恥ずかしい。
「用意が出来たよ、すぐ食べられる?」
「もちろん。良い香りがしていたからね」
おそらくずっと起きていたなぁと思いながら、二人でテーブルを囲みランチを味わう。
たわいないおしゃべり、彼が穏やかに笑う姿に私はほっとしていた。
その後ディナーの買い出しを二人で行けば、シモンはスーパーの女性陣の視線を一身に集めている。
新婚さんかしら、でも指輪もしてないし、という会話が耳に入って思わず横で籠を持つシモンを見てしまった。
「後買い忘れはない?」
「もう大丈夫」
彼なら聞こえていたはずだ。だけど何も触れられないことが何か胸の奥をもやもやとさせた。
二人でシモンの部屋に戻るとディナーの準備に取りかかる。
いつも簡単で手軽な物でとりあえず栄養を取っているようなシモンに和食を出したいけれど、やはりここはフレンチにしようと何度か家で予習済み。
一人で作業に取りかかろうとすると、隣にシモンが来た。
「僕は何を手伝おうか」
「駄目だよ!今日の主役は座って居なきゃ!」
「僕としては君と一緒に料理を作った思い出が誕生日に欲しいんだけどな」
その言葉で私の動きが止まる。
こんな風に言われたら私はノーとは言えない。
確かに思い返せばパパと一緒に誕生日のご飯を作ったことは思い出になっている。
今日の一番はシモンの記念になる日にすることなのだから。
「わかった。じゃぁそっちにあるセミドライフルーツの無花果を小さく切ってくれる?」
「あぁ、鴨肉のソースにするんだね」
「推理は脳内に止めて置いて!」
「ごめん」
メニューを言っていなのに、彼は今日の食材だけでおそらく全て理解している。
どうすれば彼を驚かせて忘れられない日に出来るのだろう。
シモンはほとんど料理したことが無いというのにそれは手際が良かった。
良い旦那さんになるなぁなどと思いつつ料理に集中し、予定よりも早めに出来上がった。
出来る時間を逆算しながらテーブルセッティングをする。
可愛いキャンドル、お洒落な大皿、全て今日のために買いそろえた。
テーブルにはそれなりに雰囲気のあるものになり、二人でシャンパングラスを持って乾杯する。
「シモン、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
彼は始終笑顔だ。
どの料理も、美味しいよ、と必ず言ってくれる。
「シモンが沢山手伝ってくれたからだよ」
「いや、君の思いが入っているから特別美味しいんだ」
そんなことをさらりと言って彼はメインの鴨肉のローストを味わっている。
ゆっくり二人で食べたはずなのにここまで進み、私はちょっと待ってて!と言って部屋を出た。
ケーキは実は家にある。
朝一番に作ってあとは安全にシモンの部屋に持っていくだけ。
自宅のドアを閉めようとしたらシモンがドアを開けて笑顔で立っている。
何をするかなど彼に秘密には出来ない。
でも私のポケットにある物は気付いていないはずだ。
テーブルにケーキの箱を持ってくれば、既にお皿は片付けられていて、ケーキ用のお皿とナイフやフォークまで用意してありもう苦笑いだ。
ケーキが崩れないようにそっと取り出し、ろうそくを刺していく。そして一つ一つに灯をともすと部屋の電気を消した。
暗い部屋に柔らかないくつもの小さな灯がゆらりと揺れる度、シモンの綺麗な顔に明かりが差す。
シモンは何の表情も無くそれを眺めているようだった。
「シモン?大丈夫?」
「うん。綺麗だなって思っていただけだよ」
おそらくそれは嘘だ。ガラス玉のような綺麗な目の奥が暗く感じたのを私は気付いた。
だからどうか、そんな彼の奥にこの柔らかな灯が届きますようにと願ってしまう。
「シモン、改めてお誕生日おめでとう!灯を消して!」
彼は何だか名残惜しそうにその小さな灯を眺めていたが、一気に全て消すのでは無く一つ一つを吹き消していた。
今回作ったのはショートケーキ。ここはむしろ定番を作るべきだと思い二人で食べるので小さめではあるがとりわけて二人で味わう。
シモンは美味しいと笑顔を見せるが、まだ彼の奥に光りが届いていないようで不安になってしまった。
「ごめん、何か気に障ることをしたかな?」
「ううん!あとね、これ」
最後のとっておきの品の入った手のひらサイズの小さな箱を手渡す。
探し回ってやっと気に入るのを見つけた。
気に入ってもらえるかはわからないけれど。
「開けて良い?」
「もちろん!」
彼はそっとこわれものを扱うように箱のリボンや包装紙をといていく。
箱を開けると出てきたのはアンティークの懐中時計。
彼をイメージさせる蝶が裏側に小さく彫られているが、渋く光るその時計に彼は驚いているようだった。
「よく見つけたね」
「以前お店で素敵だねって言っていたから好きなのかなって。
でももうあの品は売れていたからお店の人に聞いてありそうなお店を回ったの。
完全に同じものじゃないけれど、同じ作り手の人が作ったものだから」
彼は表を開けて時計を見る。そして蓋の裏側にあるものに気が付いてくれた。
「これは、カナダの」
「うん。一緒に行ったあのメープル街道の写真。ロケットのように写真が煎れられるようになっているの。流石にサイズが小さくて木の一部だけになっちゃったけど」
シモンはただじっとそれを眺めている。
これから一緒に同じ時間を過ごしたい、そして沢山思い出を作ってそこに飾って欲しい、そんな願いをこのプレゼントにこめた。
「せっかくの写真だけど、他のものに変えても良いかな」
「あ、うん」
まさかそう返されると思わずかなりがっかりとした声を出してしまった。
そんな私を彼は笑う。
「ここにね、今日僕の誕生日を祝ってくれた人の写真をいれたいんだ。
まるで一緒に時を過ごしているように思えるからね」
軽くウィンクしたシモンを見てかぁっと顔が熱くなる。
「シモンは何もかもお見通しなんだね」
「そんなことはないよ。ただ僕と同じ思いだったのなら嬉しい」
私がシモンに思い出を作りたいのに、いつも先を越されてしまう。
「ちょっと待っててね」
シモンが席を立ち、仕事部屋に行く。少しして戻ってくると小さな紙袋を私の前に出す。
「今日のお礼。受け取って」
ぽかん、と見上げるとシモンは優しい笑みだ。
「ま、待って!今日はあなたの誕生日で私がお祝いすべきなのになんで私がお礼を貰うの?!」
「僕の誕生日だから色々我が侭言って良いって言っていたでしょ?
さぁ、中を開けて」
確かにそう言ったけどと紙袋から小さな箱を出す。
上品な包装紙を開ければ箱があり、そこからまるで指輪の入ったようなケース。
ケースをぱかりとあければ、シンプルな銀に輝く指輪が一つ、入っていた。
「手を出して」
呆然としているといつの間にかシモンがその箱から指輪を取り、私の右手の薬指にそっとはめてくれた。
細くでも小さな透明の石が輝くその指輪に私は呆然とする。
「良かった。ぴったりだ」
ホッとしたような声に顔を上げれば、シモンは穏やかに微笑んで自分のシャツの胸元からネックレスを引き出すと、そこには一つ、細身の指輪に通されていた。
「僕は仕事柄薬品を扱うことも多いし外して無くすのは嫌だからね。でも側から離すのも嫌だから」
やっとそれがお揃いのリングだと理解した。
私がお祝いして記念日にするはずが、私にとっての特別な日になってしまった。
「まずは右手の薬指に僕の印をつけさせて。
左手の薬指は、そうだね、また一緒に考えよう。嫌、かな?」
私は首を必死に横に振る。
声が出ないほどに嬉しくて涙が出てしまう。
「その君の涙が嬉しいものだといいのだけど」
「うれしいに、決まってる!」
必死に声を絞り出すと、彼の長くて綺麗な指が私の顎を軽く掴み上に上げた。
「どうかこれからも僕の誕生日を君に祝って欲しい。約束だよ」
私が小さく頷けば、彼の綺麗な顔が近づいてきて私は目を瞑った。
ずっと彼の誕生日が優しく温かなひとなりますように。
私は彼に握られた手に指をしっかりと絡めた。
Fin

