ただ一度だけ会いたくて
本作は13章後~15章の間を想定したお話になっております。
『ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に──』
「やっぱり繋がらないよね……」
11月15日。少しずつ冬の気配が濃くなる朝、勇気をふり絞ってかけた電話は繋がらなかった。
あの冷たい声を聞かなくていいという安堵と、言葉を伝えられなかったという悲しみと、気持ちが入り交じりなんだかもやもやとする。
あの決別以前の頃だったら、約束を取り付けてどんな誕生日にしようかとわくわくしていただろう。けれど今は言葉を伝えることすらできない。
会えないのならと思いに蓋をしようとしたけれどそれでも、いてもたってもいられず私は外に飛び出した。
「ごめんなさい。シモン教授はしばらくここに来ていなくて、私達も最近会ってないんです」
「そうでしたか……突然お邪魔して失礼しました」
恋花大学の研究室に行ってもシモンはいなかった。もう二度と会うことはできないのかな……。
何の準備もせず感情的になって研究室に行ったから、会ったところで何かできることはない。だけどせめて直接、おめでとうと言いたかった。
とぼとぼと家へと続く道を戻っていると、花屋さんにあるとある花に目を奪われた。
「あの! すみません!」
気づいた時には、私は店員さんに駆け寄っていた。シモンに約束したんだ。毎年プレゼントを贈るって。伝えられないのなら、花に乗せればいい。私とシモンにだけ分かる方法で。
私はその花をシモンの家の扉の前に置いた。明日の朝までそのままだったら私が回収すればいい。それでも私は、その花にそっと願った──どうかシモンに届きますように。
あと数分で日付が変わるそんな時、シモンの携帯が震えた。着信者の名前を見て、心臓が掴まれたような痛みを感じた。けれど、彼は通話ボタンを押すことはせずただ眺めていた。
しばらくコール音が鳴った後、留守電に切り替わる。
『……シモン、お誕生日おめでとう』
長らく聞いてなかったその声が真っ暗な室内に響いた。その声だけで鼓動は速くなる。
満月に照らされて輝く月下美人を見てシモンは言葉をこぼした。
「ほんとにきみはお人好しだ……こんな時でも僕のことを……」
愛おしくて苦しい。会えるのなら、今すぐにでも会いたい。
「きみはとんでもないものを僕にくれたね」
その小さな聲は壁一枚挟んだ距離にいる彼女に届くことはない。それでもシモンは続けた。
「ありがとう、いつか必ず──」
会いにいく。それがどんな形であっても。
はじめに、シモンさんお誕生日おめでとうございます!
SSはしっとりとした形ですが、ずっとずっとシモンさんの幸せを全力で願って
おります!
シモンさんと主人公ちゃんが幸せになりますように!
最後に、素敵な企画な参加させて頂きありがとうございました。ここまで企画して下さった主催者さま、そしてSSを読んで下さった全ての方に、感謝申し上げます。

